展覧会 · Miguel Abreu Gallery · Chinatown

ジミー・ラスキン個展「Curio Shop」、NYチャイナタウンのミゲル・アブレウ・ギャラリーで

詩を書くことをやめ、「詩」が成り立つ条件を探り続けるジミー・ラスキン。同ギャラリーで6回目となる個展「Jimmy Raskin's Curio Shop」が、チャイナタウンのエルドリッジ・ストリートで11月6日に始まった。

文・NBT編集部 · 2026-11-06

ジミー・ラスキン個展「Curio Shop」、NYチャイナタウンのミゲル・アブレウ・ギャラリーで
Miguel Abreu Gallery

チャイナタウンのエルドリッジ・ストリート88番地にあるミゲル・アブレウ・ギャラリーで、2026年11月6日から12月23日まで、ジミー・ラスキンの個展「Jimmy Raskin's Curio Shop」が開かれる。同ギャラリーでの個展は6回目にあたる。

ラスキンは1970年ロサンゼルス生まれで、現在はニューヨークを拠点にする。もともと詩人だったが、19歳で詩作をやめた。以後は、彼が「the Poem(詩)」と呼ぶものが現代の文化状況の中でも到達可能な目標でありうる条件を探り、それを形にすることに取り組んできた。そのために、文章、彫刻、レクチャー・パフォーマンス用の小道具を組み合わせた、演劇的でマルチメディアな世界を築いている。コラージュは、ビデオ、漫画、図解とともに現れる。図解が扱うのは、中心人物「Poet Pure(純粋な詩人)」が直面する根源的な問題だ。

1989年以降に生まれた作品群は、主題が驚くほど一貫し、視覚的なモチーフも限られている。そこには二元的な宇宙観がある。一方に「Inseparability(不可分性)」という表現様式のもとにある「落ち着きのない詩人の精神」、他方に「Simultaneity(同時性)」の様式のもとにある「Critical Distance(批評的距離)」がある。後者はラスキンが「Infinite Juxtaposition(無限の並置)」と呼ぶものであり、「記録者(Documentarian)」の姿に重ねられる。表現の様式そのものが、彼の素材だと言える。

参照する源泉は少ないが、どれも深く、独特の仕方で扱われる。ロラン・バルトの「言語のざわめき」はたびたび戻ってくる主題で、ランボーの「母音」や「酔いどれ船」といった個々の詩を主題にした展覧会もあった。主著は、ニーチェの『ツァラトゥストラはこう語った』を扱う『The Prologue, The Poltergeist & The Hollow Tree』(2005年)。

詩人の様式と批評家の様式は厳密に区別される。それは、両者が融合しうる可能性と、その融合の難しさにラスキンが惹かれてきたからだ。一方が他方を殺す危険を見据えているから、二つを丁寧に分けてきたとも言える。それでも、詩と呼ぶに値する作品は両方を舞台に上げなければならない、というのが彼の示すところだ。

これまでにMoMA PS1、SculptureCenter、ポンピドゥー・センター、KWインスティテュート・フォー・コンテンポラリー・アート(ベルリン)などで発表や上演を行い、Performaにも2009年と2013年に参加した。前回の同ギャラリーでの個展「Cliché Garden」は2024年。開館は火〜土曜の10時から18時で、予約でも対応する。

場所

Google マップで開く公式ページ

会期

11月6日 – 12月23日開催中

作家

Jimmy Raskin

開館時間

火〜土曜 10:00〜18:00(予約でも対応)
見どころ
  • 19歳で詩作をやめた作家による、彫刻・コラージュ・ビデオ・漫画・図解を横断する世界
  • 「Poet Pure」と「Documentarian」を軸にした二元的な宇宙観
  • ランボー、バルト、ニーチェを独自に参照する表現
  • 同ギャラリーで6回目となる個展