展覧会 · Upper East Side

タリン・サイモン「Father Country I Do Love You」 グッゲンハイムの螺旋を埋め尽くす42章の物語

グッゲンハイム美術館のロタンダ全体を使ったタリン・サイモンの大型新作展。ある連邦捜査官の実人生を42の章でたどり、作家の父の記憶と重ねる。会期は2027年3月14日まで。

文・NBT編集部 · 2026-10-16

タリン・サイモン「Father Country I Do Love You」 グッゲンハイムの螺旋を埋め尽くす42章の物語
Installation view, Taryn Simon | Father Country I Do Love You — Solomon R. Guggenheim Museum

グッゲンハイム美術館の螺旋状のロタンダ(吹き抜け)全体を、タリン・サイモン(1975年ニューヨーク生まれ)の新作が埋め尽くしている。「Father Country I Do Love You」は、写真、テキスト、映像、彫刻を組み合わせた一つの巨大なインスタレーションだ。写真を軸にする作家の個展がロタンダで開かれるのは初めてで、新作のお披露目としては同館史上最大の規模になる。NBT編集部も足を運び、今季のニューヨークで最も心を揺さぶられた展示の一つだった。

天窓の下、ロタンダの螺旋に沿って並ぶ作品
Installation view, Taryn Simon | Father Country I Do Love You — Solomon R. Guggenheim Museum (official Instagram)

制作におよそ10年をかけたこのプロジェクトは、名前を伏せたある連邦捜査官の実際の人生を、42の「章」に分けてたどる。おとり捜査、裏切り者、少年兵、弾劾、ハリウッド、銃乱射事件、毒物。彼は大きな出来事の現場に居合わせながら、自分では全体像を知らないまま、誰かのために証拠を集める「中継ぎ」の役割を果たしてきた。その行動と、行動しなかったことの波紋が、国境や見知らぬ人々の人生にまで広がっていく様子を、サイモンは一章ずつ掘り起こしていく。

本の束と色のついた物体を撮った写真作品
Installation view, Taryn Simon | Father Country I Do Love You — Solomon R. Guggenheim Museum (official Instagram)

物語の背後には、作家自身の父親の人生が重なる。父はアメリカ政府の仕事でタイに暮らし、のちにアーケードゲームの製造・販売でキャリアを終えた。アルツハイマー病の診断を受けたとき、サイモンは父の話をすべて聞くことはもうできないと悟ったという。個人の記憶の欠落を、他人の証言で埋めていくしかない。その感覚が、展示全体に静かに流れている。

大判の写真作品とピンクの展示台に立つ彫刻
Installation view, Taryn Simon | Father Country I Do Love You — Solomon R. Guggenheim Museum (official Instagram)

螺旋のスロープを上りながら章を読み進める体験は、一冊の長編小説を歩いて読むようだ。暴力と優しさ、管理と退屈、責任と空想、悲しみと日常。両立しないように見える感情が、実は切り離せないものとして並んでいる。アメリカ建国250年の年に、民主主義や記憶、そして一人の行動が持つ重さを問い直す展示でもある。

スロープの展示風景と二人の男性の写真作品何層にも重なるロタンダの各階に並ぶ作品
Installation view, Taryn Simon | Father Country I Do Love You — Solomon R. Guggenheim Museum (official Instagram)

観客が参加できる作品もある。古代ギリシャの抽選装置をもとにした選挙マシンの彫刻「Kleroterion」(2024年)は、会期中、毎日動かされる。音声ガイドはBloomberg Connectsのアプリで聴ける特製版で、俳優ジョディ・フォスターの語りと、AIで再現した作家の父の声が使われている。ぜひイヤホンを持って行きたい。全作品を収めたアーティストブックもHatje Cantzとの共同出版で刊行されている。

サイモンはこれまでも、冤罪で投獄された人々を撮った「The Innocents」や、国際条約の調印式に飾られた花を再現した「Paperwork and the Will of Capital」など、写真と言葉で「見えないもの」に光を当ててきた。今回の展示は、その集大成とも言える大作だ。会期は2027年3月14日まで。ゆっくり時間を取って訪れてほしい。

あわせて、トライベッカのアルミン・レッシュ・ニューヨーク(361 Broadway)では、大統領令に使われるペンなどを撮ったサイモンの近作シリーズ「Executive Orders」の特集展示が10月21日まで開かれている(記事: nbktimes.com/ja/art-culture/almine-rech-taryn-simon/)。

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場所
Solomon R. Guggenheim Museum
1071 Fifth Avenue, New York, NY 10128
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会期
9月18日(金)〜3月14日(日)
時間
毎日 10:30〜17:30
価格
$30(学生・65歳以上 $19、12歳未満無料。火・日 16:00〜17:30は入館料自由)